e日記風 独り言

#気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、政治や社会問題に対する勝手な私見を書いてみました。専門家ではありませんが、岡目八目という言葉もある通り、時には本筋を突いていることもあるかも?
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-2233- ウクライナ侵略
= 今日は画像なし m(_ _)m =
プーチンのウクライナ侵略が止まらない。さながら図体の大きなロシアが拳を振り上げたら、かつての子分のような弱小ウクライナは縮み上がって即刻降参するかと思いきや、思いもよらず反撃されて、ロシアの内外双方の衆目注視の手前 拳の下ろし方が分からなくなってしまった様だ。
と、ここまではほとんどの専門家の状況分析なんだが、しかし素人の私が敢えて一点だけ、どうしても指摘しておきたいことがある。
現地で明日のロシアの戦勝記念日の国内向け演説でプーチンが今回の侵略戦争を「特別軍事作戦」から「戦争」と宣言するのでは、という一部の観測に対する専門家の分析の中に「軍事作戦」と「戦争」の違いに関して何も言及していないことだ。
私の勝手な解釈では「戦争」とは国家が国家に対して全面的に武力行使することで、「軍事作戦」は必ずしも相手が「国家」であるとは限らないという点だ。
つまりプーチンが「戦争」を宣言するということは、「<<ウクライナに対して>>戦争する」と宣言することであって、これまでのウクライナ南東部の迫害されているロシア系住民のための軍事作戦とは全く違う次元の話になる。
それでもロシアの外から見たら両者の間の違いはあまり問題ではないようにも思えるが、特にロシア国内のスラブ系の人達にとってこの違いは看過できない違いではないのか。
ロシアとウクライナではお互いに親族・知人がいる人も多いと聞くし、かつての同胞の国に対する意識も複雑なはずで、そこに対する宣戦布告はあまりにもリスクが高いと思う。
まぁ、元々プーチンがリスクを勘案できないから起きた侵略戦争だから、今更次の段階のリスクをプーチンがどう考えてどんな演説するかなんて予想も出来ないが、少なくとも専門家は「戦争」と「軍事作戦」の明確な定義に基づく解説をするべきだと、岡目八目の歯軋りだ。
2022/05/08


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