e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、政治や思想・社会問題に対する勝手な私見を書いてみました。専門家ではありませんが、岡目八目という言葉もある通り、時には本筋を突いていることもあるかも?
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-1618- 原発事故処理
突然の話題だが、NHKスペシャルで特集を見て思ったので。
福島第一原発事故で炉心溶融した残骸「核燃料デブリ」の取り出しを追いかけた番組だったが、見ながら幾つかのことを思った。
まず最初に疑問に感じたのは、核燃料そのもののようなデブリを取り出してどこに捨てる?保管する?のかということ。それより数段放射能の低い核廃棄物ですらまだどこも処分場のめどが立っていないのに、こんな高レベル核物質を取り出してどこに持っていくつもりなんだろう?という疑問。今の日本の核アレルギーと問題先送りの政治姿勢からすれば、百年経ったって最終処分場が決まるとは思えない。結局、福島原発敷地内に封じ込めて保存しておくことになるだろう。
次に思ったのは「この計画は完遂しない」ということ。現在の計画では事故処理が40年で終了しすべての周辺住民が帰還できる状態にするというものだが、40年と言うのは根拠のある時間ではなく、「おそらくこれくらいあれば、これくらいで終わらないと今の現役世代が戻れるという希望を持てない」というかなり政治的な事情からだろうと思う。 それに対して、実際に現場で作業している技術者達は日々経験のない障壁にぶつかっては悪戦苦闘している。しかし、その障壁の高さに比べこの技術者達には新しい技術に取り組む際に通常なら持てる仕事の強いモチベーションというものがない。ある意味、原発を推し進めた政治家や経済界が巨額の甘い汁を吸い、それに加担した先輩技術者達が犯したミスの「尻拭い」をさせられている、という構図のなかでの仕事になる。しかも見事完遂したからと言って、原発1号機を稼働させた技術者のように脚光を浴びる可能性も少ない。
多難を乗り越えた多くの奇跡の物語のような開発が成功するのは、少なくとも一人は「強いモチベーション=見通しを持って成功を信じて」引っ張る人が必要だということ。事故処理ではそれがなさそうで、少なくとも私のようなヤワな技術屋は責任感や仕事だからと言うだけでは100%の力を出しきるのはなかなか厳しそうだ。
もしかしたら、誰もがチェルノブイリ式の「原発全体の石棺封印」以外に手はないと思っているかも知れないが、「石棺=最終廃棄場」だから政治的にそれを言い出すことは許されない。40年と言えばほぼ1世代に相当するから、少なくとも今の現役世代が元気なうちに帰還できる可能性は極めて低く、感情的には兎も角「帰還」がどれほど意味を持っているのかは疑問だが、それでも政権が原発稼働という判断をしている限り政治的には「帰還」の旗は下ろせない。
政治的思惑と現実が解離するのは常だが、原発問題くらい露骨にずれている問題も珍しい。そんなことを感じさせられた虚しい番組だった。

写真はホオズキの花。 いつもの公園で咲き始めた。
2016/05/31