e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、人間の性格や本質、能力、考え方から文化論までに関連した記事です。
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楽 天 の 商 品

-1908- 68歳!
とうとう68歳になってしまった。あまり誕生日は迎えたくないが、家族はそんな心情を察してというよりは単純に忘れてしまって「おめでとう」の一言もなかった。(逗留先の娘だけは流石に何日か前にプレゼントをくれたが)
という「暗~い」話題はさておき #1905まで続けた話の続きを。

実は、この1995年10月初めに立てた「商売の神様」K部長の計画は1年でデジタルカメラ1機種を発売するというだけではなく、デジタルカメラの商品化は会社としての本気度を見せてプレゼンスを示すために本体が80万画素でモニター付きのフラグシップ機と形は同じながら45万画素でモニター有り無しのより安価な2機種を加えてカメラ本体全3機種、更にそれらのカメラ本体以外に、画像ファイルをPCに取り込んで加工保存するための PCユーティリティソフト、PCなしでカメラから直接プリントできる画像用熱転写プリンター、カメラ内のデジタル画像をPCを使わず電話線経由で遠隔地に送信できる通信アダプターまでデジタルカメラのトータルシステムとして同時発表・発売するという、開発陣容とは裏腹な「壮大」な計画だった。
そんなシステム開発は本来ならそれぞれの商品に開発者数人と開発リーダーを配置したいところだが、実態はと言うとプリンターは担当者すらおらず、PCユーティリティは元研究部隊で業務用 PCユーティリティを担当していた A氏、研究部で画像処理ソフトの研究をしていて私が話を聞いている内に一緒にやりたいと言いだして移籍した研究者 O氏、それにどうしても開発をやりたいと異動希望を出していた工場の製造技術職場のエンジニアを中心にソフトウェアの関連会社から出向したソフトウェアエンジニア2人のにわか混成チーム、通信アダプター部隊は通信機能付き業務用カメラを開発していた元研究部隊のエンジニア数人を当てたが唯一まとめ役がいた。プリンターについては急遽フィルムカメラ事業部からカメラの周辺機器を担当していたエンジニアが 社外の熱転写プリンターを製造しているメーカーから OEMするために交渉、進捗管理役として移動してきた。
そしてカメラ本体3機種は新しくフィルムカメラ事業部から「因縁の」移籍をしてきた開発者数人を新生推進部サブリーダーのT氏がまとめて3機種の開発リーダーを、それ以外は私がプロジェクト全体の管理とともに開発の実務リーダーも務めるという、寄せ集めで言葉通りの「泥縄」的対応だった。特に PCユーティリティについてはリーダーの A氏もそれまでマニュアルを熟読して使ってくれるような業務用アプリしか経験がなくコンシュマーユーザーに必要な UI(ユーザインタフェース)の設計は出来ないと頑なに尻込みしたので私が UIなどの仕様決定等もサポートすることにした。
そして T氏と私がフィルムカメラの経験から立てた「絶対に1年で商品化を達成する」ためのカメラの設計基本方針は、「可動部分は極力減らす。無理な小型化はしない。」というものだった。そのために一番品質問題の起きやすいカメラのレンズユニットは単焦点で絞りは精度を出しやすい丸い穴の空いた円盤を回すターレット方式としてシャッターを兼ね、コストは犠牲にしてパルスモーターによるオープン制御で駆動することにした。加えて鏡枠設計のスペシャリストとして元工場の開発にいて技術レベルは超一級ながら上司と反りが合わずに会社を飛び出し個人設計事務所を営む H氏にも応援を求め万全の体制を敷いた。ストロボユニットも、多くの小型カメラのように本来なら発光部はポップアップさせて赤目が起きづらくすべきところだが、ストロボユニットを可動にするとそれぞれの部品のスペースが限られてより高電圧がリークし易くなるという品質上の一番厄介な問題が考えられるので、ポップアップ機構は止めて本体埋め込み固定とし、その代わり赤目対策はデジタル画像の強みを活かしユーティリティソフト側で自動補正を考えることにした。但し自社分担の電気回路、とりわけストロボ制御に関しては私もフィルムカメラ時代から関わっていたので自分の判断を信じて冒険することにした。ストロボ制御回路は元研究部隊でストロボ周りを担当していた Ys氏が担当になったのだが、彼はそれまでと全く同じストロボ専用受光素子による光量制御方式を主張したのに対して、私はデジタルカメラではせっかく CCDと言う分解能の高い受光素子があるのに何故それを利用しないのか?と疑問に思い、CCDの受光信号によるプレ発光制御を取り入れるように提案した。しかし Ys氏は「そんな経験のないことをこの期間で実現するなんて私には責任負えません。」と言って聞かなかった。それに対して「誰も君に責任を負えなんて言っていない。最初から私が全責任を負うと言っているんだから言われた通り設計してくれ。」と諭して S社のソフトウェア設計者と打ち合わせを持ってアイデアを話し、具体的な設計が進んだ。結果は見事に当たり、それまでにない精緻なストロボ光の制御が実現し、最後は Ys氏も「言われた通り設計して良かった。」と認めてくれた。
こうして T氏と二人でフィルムカメラの経験を最大限活かして考えられる限りの工夫を入れた設計をしたことで、結果的には経験の浅いメカエンジニアが細部設計を行ったにも関わらず、試作は狙い通りほぼ一発でパスし特筆すべきことに大きな市場品質問題は起こさなかった。
そうした中で、設計が進むにつれてカメラの製造方法をめぐりS電気の製造部門との間では幾つかの製造上の問題が持ち上がった。
一つは前記のストロボの高電圧のリークを防ぐための作業工程。小型化した内蔵ストロボでは電極の間隔が狭くなるためどうしても数kVにもなるトリガー信号が 数mmも離れていない隣の電極に放電リークしてしまう。これを防ぐためにシリコン樹脂を電極の周りに隙間なく充填する必要があるが、この作業は手作業にならざるを得ず不安定で製造後の品質も保証しづらい。こうしたことを説明しながらフィルムカメラの該当部分の実作業を見せると S電気の製造責任者は自社製造に難色を示し「こんな作業は当社の作業基準では受けられません。ユニットで供給して下さい」と言い出した。実は私が工場勤務の間に一番苦労したのがこのストロボユニットの社外製造委託だった。委託先でどんなに厳密にチェックしても必ず後工程での不良が発生し、そのたびに委託先との間で作業方法を巡ってトラブルが発生した。それが製造経験皆無の工場で目標通り稼働するためには、私としては何としても責任分担が発生するような製造体制は避けて、後工程の情報が即時に上流にフィードバックできる一貫工程を作ることが必要だと思った。更に品質を保証するための若干のアイデアもあって、それを実現するためには私の意見が通りやすい S社の新規の工程の方がやり易いと判断した。とにかく1年で商品化するためにはストロボユニットの製造から丸ごとS社に受けてもらうしか無いと思っていた。
もう一つの問題はカメラのグリップ部分の曲面に滑り止めのラバー材質を貼り付ける工程だった。接着剤を塗りつけてから成形されたラバーを本体プラスチック部品の表面に貼り付けるんだが、作業者の感覚に頼って接着剤を塗布する工程はストロボのシリコン樹脂の充填作業と同様品質が保ちづらいので「接着作業は当社ではもう10年も前に廃止しました」と無下にもなく断られ、取り付く島すら無い。
S社側では交渉当初から計画に参加していた開発部長が全体の旗振りをしていたが、「製造部長が頑として首を縦に振らず製造の工程設定作業が暗礁に乗り上げた。設計を変えられないか」と SOSが来た。
どちらもフィルムカメラの製造工程では問題視されつつも代わる製造方法が見つけられずそこに至っているわけで「カメラらしいデジタルカメラ」を「1年で発売」するためには設計変更の検討の余地もなく、ここでも もう最後の札を切るしか無いと判断し二度ともS社の事業部長との面会を申し込んで一人で乗り込んだ。社内の交渉は至って苦手な私だが、不思議なことにそれまでの何回かのこうした仕事の分岐点における他社の意思決定者との交渉で、「両社にとって必ず利益になる」と信じた自分の考えを正面からぶつけた結果、周りがびっくりするような合意を取り付けたという経験があり、この時も何となくではあるが上手く行きそうな予感はあった。と言うか断られたら・・・という事はその時には考えもしなかった。
そして問題の交渉の席、S社のOn事業部長、開発部長、製造部長の私から見れば格上の面々が居並ぶ中で私が話したのは結局二度ともほぼ同じ内容だった。「もし御社が今後、カメラ市場向けにデジタルカメラの製造を目指すつもりならこの技術は絶対不可欠の技術です。カメラユーザーはビデオカメラのユーザーよりも女性や高齢者が多くビデオカメラにはないこうした技術が必要です。当社は是非とも『今』デジタルカメラを商品化したいので今回協力いただけるなら必要なノウハウを全て開示し全力で指導します。しかし今を除いたら、今後は当社としても独自のノウハウですから開示することは出来ません。」と事業部としての判断を迫った。結果は案ずるより産むが易し、On事業部長は私が話し終わると即断で「そんなにいい話ならウチの工程を変えればいいじゃないか」と製造部長に工程を内製化するように指示し、結果思惑通り決着することが出来て9ヶ月の生産移行が無事実現した。
これで何とか1年での商品化のレールが敷けた・・・訳ではなく、悪戦苦闘はまだまだ続く。

今日の写真はカラスノエンドウ。土手一面にはびこっているが、よく見るとかわいいマメ科独特の花。
性格・能力(デジカメ開発)・考え方・文化論
2017/05/16