#気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、個人的な思い出や生活、食に関する話題のページです。
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朔日、岡谷に着いたが 真夜中のサッカー Wカップは見ない(見れない)が朝には結果だけ知ることになるだろうと書いた。 で結果はアルゼンチンが優勝し、メッシにスポットライトが当たっている。・・・ということとは関係なく、そこから私の思考は思い出に。 私の学生時代、体育の授業でサッカーがあった。しかし得意ではなかったこともあり高校までの体育の授業の記憶はサッカーを含めてほとんどない。それが大学(夜間)の教養課程の体育の授業はいくつか記憶がある。その中の一つがサッカーの授業だ。 夜間なので当然授業は仕事を終えて学校に駆けつけて夜の6時過ぎから9時ころまでの間の 90分になる。当然私だけでなく全員が仕事やアルバイトで疲れて参加していた。と言うよりも教養課程は工学部全体が一クラスの授業だが、入学時 50名ほどいたはずの人数が実際に顔をだすのは20人程度。それも徐々に減ってくるので多分20人はいなかったと思う。 そんな中で行われた2~3回のサッカーの授業で、何と私がドリブルからシュートを決めたことが1回だけあった。その時の相手のゴールキーパーの焦った顔が今でも鮮明に思い出される。私は と言えばそんなに余裕があったはずはないが、センターライン付近でこぼれ球を拾ってからドリブルしつつ頭の中で「どうしよう、このまま蹴ろうか、もっと迫ってからキーパーをかわしてシュートしようか?と考えていたような気がする(コートはそんなに広くなかったと思うからわずか数mの間の話だ)。結局は結構手前でシュートしたが、当然そんなにきれいなシュートは打てずにボテボテになった。がしかしコースが良かったのか相手キーパーが固まってしまったせいかなんとかボールはゴールに入った。 実は、私はその年の6月に肺気胸の手術を受けていて 夏休み後も 1ヶ月ほど体育の授業は休んでいたので体育の先生はそれを知っていた(朧げの記憶ではその先生も肺気胸を患った経験があったと聞いたような?)。そして 11月にその授業があってこのゴールしたことが余程先生の印象に残ったのだろうか。教養の中では数少ない「優」をもらった記憶だ。 | |
2022/12/19 |
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