| -1191- 肉の続きで |
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昨日書いたヤギの餌から、肉の思い出の続きで。 私が子供の頃は、家が町から 1Km以上あって近所に肉屋やもちろん当時はスーパーなんてなかったし、なにより我が家では肉が買えるほどの生活でもなかったから、肉を食べた記憶があるのは飼っていた鶏、兎、ヤギをつぶした時だけだった。それも大体は、親父が知らない所で処理していたと思うので、肉が動物の死と結びついたのはせいぜいが鳥の頭を切断して羽をむしった状態を見た時くらいしかなかった。 それがあるとき、たまたま遊びから帰った時、家の裏手で殺したヤギを軒先に吊るしてさばいているところに出くわしてしまった。子ヤギの頃はもちろんだが、大きくなってからは可愛がるほどではなかったにしても昨日まで自分でも餌をやり、世話をしていたヤギが吊るされて肉にされているシーンは子供心に鮮烈だった。当時はヤギであっても肉なんて貴重品だし、一頭のヤギの肉なんてすぐには食べきれないから、味噌漬などにして半年くらいかかって食べるんだが、この時はさすがに私は一切食べれなかった記憶がある。兄は平気で、こんな美味しいもの何で食べないんだ、と言っていたが多分半年くらいは肉を食べないで過ごしたんだろう。それでいて不思議と味噌の焼けるおいしそうな匂いも記憶にあるから、脳裏に残る残酷なシーンとの葛藤があったのかも知れない。”皮肉”にも、それから暫くして 味噌漬肉の焼いたものは私の大好物になってしまった。 今は、そうしたシーンを見ないで肉を食べれるからショーケースの肉を見て動物の死を連想する人はあまりいないだろうし、お蔭で肉嫌いの子も少ないんだろうけど、それが幸せなのかどうか? 昨今の衝撃的なニュースなど、考えさせられてしまう。 ”生臭い”思い出話はさておいて、写真は源平小菊(エリゲロン)という花だろうか。公園の隅っこで這うようにして伸びた茎の先に数mmの小さな花を付けていた。 |
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2014/08/28 |