| -111- 再び「・・・の壁」 その2 |
|
養老猛司さんが言っている都会=人工とは、本来「人間=自然」が生活していく上で、必然的に生じる問題が都会では見えないように、隠すようになっている、というということです。例えばゴミや下水、そして年老いて亡くなった場合のことなどです。人間が生活してゴミや汚物が出たら、それらは地面に穴を掘るなどして埋めて自然に戻して生活していたり、年老いて寝たきりになった親を自宅で介護したりということがもともとの人間の自然な生活であるのに対して、今の都会はそれらをなるべく見ないで済むようになっています。 その極端な例として、養老さんの本職である解剖のために遺体を貰い受けに言ったときに、マンションのエレベーターには棺が立てなければ乗らなかったと言うのです。これは明らかに、このマンションの設計者は中で人が死ぬことは想定していないと言っています。この本を読んでから、私の引っ越したマンションのエレベータをしげしげ見てみましたが、やはり私が寝そべることは無理なようです。まぁそこまでは兎も角、以下はマンション暮らしについての私の感想です。 まず、引越しを済ませて、最初の夜、疲れた身体で寝たときにふと思いました。自分が今寝ている空間は、わずか数ヶ月前までは誰も存在したことの無い空間なんだということです。例えば、一戸建てなら少なくとも一階の部屋の部分は、太古の昔から人間も動物も、おそらく何百回と行き来をしていた空間のはずですが、マンションの6階ともなると、確実に鳥以外は今まで通ったことも無い空間に自分は寝ていることになるんだと考えると、何か不思議な感じがしました。正しく、自然にはありえない、人工の空間で暮らし始めたんだと、そう思いました。 今日の写真は、久しぶりにFujinoの家に行った時に撮影した、シラユキゲシの花です。 |
|
2004/05/23 |