| -1066- 韓国のフェリー事故 |
|
韓国でフェリーが沈没し、大勢の人が亡くなったり行方不明になっていると言うニュースが報じられているが、このニュースを聞いて思い出したことがあるので書いておくことにする。 10数年前、私も何度か韓国に仕事で出かけて、大手の半導体メーカの技術者などと交流したことがある。そこで感じたのは、日本のモノ作りから見れば信じられないくらいの「必要最低限の品質保持」という概念の違いだった。品質に問題が生じた時には何をおいても対策するのが当然と思っていた私に、「そこまでは必要ないでしょう。このままで十分です」と言い切った。お互いの立場を変えて批判的な言い方をすれば日本製品は「過剰品質で高価格」韓国は「適正価格で相応品質」とでもなろうか? その他話をした全ての人が徴兵制で入隊経験がある等という話と合わせて、それまで国内で接した技術屋とは全く違う価値観に、さすが海で隔てられた日本とは違い陸続きで常に外敵に晒されてきた歴史から相手と同じ土俵で競争せざるを得ない社会なんだと強く認識させられた。日本の高品質が受け入れられる市場もあるが、開発途上国など市場が広がっている地域では圧倒的に後者の方が市場に適っており、競争の結果は歴然だと思った。 果せるかな、サムソン電子は世界を席捲し、現代自動車も順調に市場を伸ばしているようだ。 しかし、何年か前に かの国で老朽化した橋が落ちたり、デパートの建物が崩壊したりして多くの犠牲者が出た時にも、安価な民生品などの品質と命等に係る構造物の安全品質は同じレベルでは論じられないと思ったが、今回の事故でもその思いがフラッシュバックしてきた。日本でも笹子トンネル事故のような安全に手抜きをした事故は ゼロではないが、経済や社会が成熟するにつれこうした目に見えない部分への配慮・それを監視するシステムが整備され、次第に高コスト社会になっていくんだろう。 それにしても、韓国や中国のマンションなどの高層ビルの建設現場を通りかかった時に、足場が竹で組み上げられていたのにはびっくりした。日本では当時でも 1軒家の簡単な塗装作業ですら鉄骨足場は常識だっただけに、建設作業に携わる人の命の値段が表れているような気がして鮮明な記憶になった。 今日の写真はもう咲き始めたオダマキの花。こうした花が咲き始めると、本当に暖かくなったんだと感じる。そう言えば、昨日出かけた時ににわか雨に降られ雨宿りを余儀なくされたが、あの雨の降り方もかなり急に強くなり軒先からの雨垂れは夏が近いことを感じさせた。 |
|
2014/04/23 |